ブログ脳が桃太郎を書くとこうなる
現代の情報化社会における昔話の在り方とは
日本には古くから各地域にしきたりや信仰、風習、言い伝えなどを受け継いで後世に伝えられる文化がある。
それらは、まだ紙に記録を著す事もなかった時代に人づてに伝わり、時代と共に少しづつ形を変えながらも、人々の暮らしの中に溶け込んでいった。
例えば、誰でも知っている昔話。
幼い頃、私は耳にタコができるくらいに『日本むかしばなしシリーズ』を読み聞かされてきた。
しかし、それらの起源や伝承元を辿っていくと我々が知っている結末や展開とは異なる場合がある。
桃太郎、かぐや姫、はなさかじいさんとか、誰でもストーリーは知ってるけど、起源がどうとか、元になった伝説とか誰が書いたとかあんま気にしないもんな
情報化社会と言われるこの時代、正確で素早い情報の取捨選択を迫られる。
となれば、今一度、昔話についても再考の余地があるのではないかと私は感じた。
まーたわけのわからない事言ってる
昔話は昔話。そこに変化など不要、そう考えているのだろう?
昔話の変化って何なの・・・。変わっちゃったら昔話にならないじゃない
ところがどっこい。そうでもないんだよなあ
時代とともに変化していく昔話と、そうでなかった古事記の神話
小説、映画、漫画、アニメなど、常に娯楽に触れる我々からすればこうした作品に『ストーリー』があって当たり前と考える。
すなわち、起承転結。
盛り上がりどころもなく、淡々と続く日常だけの物語を見せられても、それを楽しいと感じるはずがない。
もしかして、ごちうさディスってるの?
あれはサザエさん方式を取っていて、一話の中にいくつもの短編を起承転結取り入れて見せているんだぞ。しかもキャラが可愛いから心ぴょんぴょんしてしまうのだぞ
だが、昔話というのは、実はオチと呼べるものがなかったり、とても子供には読み聞かせられない内容を含んでいる表現が入っているため、それらをマイルドにして起承転結をつける事で、今のような形になっていったというのはご存知だろうか。
これは昔話を、あくまで「物語」としての芸術性を残すためには必要な変化だったのだ。
具体的に今と昔で何がどう違っていたの?
ほら、口には出しづらいが、今と昔で性に関する倫理観とかだいぶ違うだろ?
もっと具体的に、性の倫理観がどう違ったのか、ちゃんと言葉で説明してごらん?
私の口から言わせないで・・・
とにかく、そういう「当時だから許されていた当たり前の倫理観」や「物語の体をなしていない」要素を廃して、現代でもそれなりに読めるようなものにリニューアルされていったというわけだ。
つまりそうした変化がないと、歴史資料として記録価値はあっても、大衆娯楽の物語としての価値は評価されない。
例えば、日本最古の神話をまとめた『古事記』なんかは、神々の誕生から天皇が国を統治するまでの壮大な歴史を綴った話なのに、その中身について知っている人は少ないだろ?
日本の神様のお話でしょ?イザナミの闇堕ちとか、弟スサノオに手を焼いた姉アマテラスが引きこもる話とかなんか面白そう
ゲームや漫画とかで名前とそーゆー表面的な設定使うみたいなのは多いな。でも、ちゃんと最後まで話の詳細は知ってるか?
知らなーい
古事記の神話が「現代の物語」としての価値をあまり持たないのは、話の内容的に子供に読み聞かせられるような内容でなかった事、編纂理由に当時の政治的意図があって、天皇賛美な内容に批判的な人もいるとか、とにかく色々と複雑な理由があったりする。
だから日本の神話なのにあんまりお話もポピュラーじゃないのかー
ストーリーの詳細は分かりやすく解説した古事記に関する書籍でも読んでみるといい。
とにかく言いたいのは「昔話は、時代に合わせて変化していくからこそ、人々の中に残る」という事。
古事記の場合、これに当てはまらない。
昔話のこれからを考える
さて、長い前置きとなったが、では、現代における昔話の変化とは一体なんだろう。
ここでは例として桃太郎をあげることにしよう。
第一段階で、 後述や言い伝えでしかなかったものに「教養」と「親しみやすさ」と「物語」をつけることで『桃太郎』は完成した。
ならば次の段階で、情報化社会に適応するための正確で素早く簡潔にその「情報」を知るための工夫を取り入れるというのはどうだろうか。
長い前置きだねえ。つまりどうするの?
もしも『桃太郎』をブログ記事で紹介をするなら
その結果、どうなったかと言えば・・・
圧倒的強さ!桃から生まれた桃太郎が鬼ヶ島の鬼を退治できた三つの理由
皆さんもご存知の桃太郎。
彼は鬼ヶ島へ行き、見事に鬼を退治して村人の奪われたお宝を取り返しました。
でも、一体どうやってそんな偉業を成し遂げたのでしょうか。
桃太郎の活躍を知ったあなたは、きっと鬼退治を自分でしてみたいと思っているはず。
そこで今回は、桃太郎の強さとなる3つの秘密をズバリ大公開します!
頼れる仲間たちの存在
桃太郎には、犬、猿、雉の仲間と共に鬼ヶ島へ立ち向かいました。
一人では心細い鬼ヶ島への旅も、仲間がいたからこそ乗り越えられたのかもしれませんね。
おばあさん直伝のきびだんごパワー
桃太郎は旅のお供にきびだんごを持って行きました。
これが彼のパワーの源だったとされています。
実はなんと、彼についてきた仲間たちはこのきびだんご欲しさに集まりました。
おそるべし、きびだんごパワー!
気になる方はこちらの画像をクリック!
奇襲攻撃が功を奏した
対する鬼は、村人から奪いまくったお宝を眺めていい気分で宴会を開いていたそうです。
桃太郎はこのタイミングを見逃しませんでした。
いい気になって油断しているところを、総攻撃を仕掛けたのです。
鬼も、自分たちにビビりまくりだった人間がまさか仕返しをするために鬼ヶ島まで来るとは思わなかった事でしょう。
本当は桃太郎は桃から生まれてない?
桃太郎は桃から生まれたということはみんなご存知だと思います。
でも本当に桃から生まれたのでしょうか。
生身の人間が、桃から生まれるだなんて普通は考えられませんよね?
ならば、どうやって生まれたのでしょうか。
皆さん気になりますよね。
私も気になります。
おしまい
というわけで
タイトルから桃太郎の何を知りたいのかを明確に記載しつつ、桃太郎が一体何をしたのかという「why」の情報と、「自分も鬼退治したい」という共感を集めやすい「How」に答える形で丁寧に解説してみた。
そして最後に桃太郎最大の謎に迫りつつも、有効なソースがネットで見つからないので 自分の感想を入れてごまかす。
これぞ21世紀の桃太郎のあるべき姿なのではないだろうか。
(わざわざ昔話をブログ風に紹介する必要がどこにあったんだろ)
読者が求めているのは、もはや桃太郎という「昔話」ではない。「桃太郎という物語を通じて一体何をインプットとするか」なのだ!
皆さん、これがブログ脳ってやつです。なんでもメリットや成果に繋げようとすると、こうやって迷走してしまうわけですね。気を付けましょう。